偏性細胞内寄生細菌
私は現在、偏性細胞内寄生細菌(絶対寄生細菌)のゲノム解析を行っている。 偏性細胞内寄生細菌と聞いてもピンとこない方が多いと思われるので、ここではいろいろ例を出しながら、その特徴をまとめてみる。
偏性細胞内寄生細菌とは?
偏性細胞内寄生細菌は宿主(真核生物)の細胞内でしか生育できず、宿主の生存に悪影響を及ぼす細菌のことである。 生育に必要な代謝経路の多くを欠損し、自身で合成できない生体物質は宿主から奪い補う生活スタイルを持つ。 ヒトに感染し病気を引き起こすものもいるため、医学的にも重要な細菌である。
偏性細胞内寄生細菌の例
有名なところだと、ヒトに感染しリケッチア症を起こすリケッチア( Rickettsia 属)やクラミジア感染症を引き起こすクラミジア( Chlamydia 属)などがある。 一方、ヒトに感染しない偏性細胞内寄生細菌が実際にはほとんどで、環境中ではアメーバなどの原生生物に感染していることが多い。 以下、代表的な偏性細胞内寄生細菌の分類群。
- Rickettsia 属
- Chlamydia 属
- Coxiella 属(Q熱の原因菌を含む)
- Lawsonia 属(豚や馬に感染して腸炎を起こす)
- Candidatus Dependentiae門(アメーバに感染)
収斂進化
偏性細胞内寄生細菌は、細菌の進化のなかで何度も独立に生じている。 つまり、全く異なる背景から、類似した生活スタイルへの進化(収斂進化)が何度も繰り返し生じている。 この収斂進化の背景には何があるのだろうか?
偏性細胞内寄生細菌のゲノム
偏性細胞内寄生細菌の出現の背景を解明するためには、生物の設計図=ゲノムに注目することが効果的である。
小さなゲノム
偏性細胞内寄生細菌のゲノムの特徴は、まずなんと言ってもその小ささにある。 偏性細胞内寄生細菌は、宿主に依存しない(そこらへんを自由に泳ぎ回っている)細菌なら持っているような、多くの遺伝子を失っている。 これは、真核生物の細胞内という生息環境に原因がある。 普通細菌はアミノ酸や補酵素などを自身で合成しなければならないが、宿主細胞内にはそれら栄養素が豊富に存在する。 つまり、自身で合成できなくても宿主から奪ってしまえば良く、多くの生体物質の生合成経路を保持している必要がないのである。 アミノ酸や補酵素等の生合成経路を欠失した結果、偏性細胞内寄生細菌のゲノムは、大腸菌の約1/4ほど(約1Mbp: 100万塩基対)にまで小さくなってしまっていることが多い。
ATP/ADPトランスロケース
すべての偏性細胞内寄生細菌が持っているわけではないが、クラミジアやリケッチアなど、多くの偏性細胞内寄生細菌メンバーが有している遺伝子としてATP/ADPトランスロケースというものが存在する。 これは、生体のエネルギー通貨であるATPを宿主から輸入するトランスポーター(膜を挟んだ両側での物質輸送を司るタンパク質)である。 普通ATPは多くの反応を介した基質レベルのリン酸化や酸化的リン酸化で合成する必要があるが、このトランスポーターがあれば、宿主から直接ATPを輸入できてしまう。ほとんどタダでエネルギーを手に入れることができてしまうわけである。
そして私はこのATP/ADPトランスロケースというトランスポーターに着目して研究を進めている。 (詳しくはATP/ADPトランスロケースを解説した記事と現在の研究をまとめた記事で解説している。)
最後に
偏性細胞内寄生細菌は、長年細菌学・医学的に注目が集まってきたグループである。 さらに近年のメタゲノム解析技術(環境中の微生物のゲノム配列を培養を介さずまとめて解析する技術)の発達により、新たな偏性細胞内寄生細菌も見つかり始めた。 今後これらの解析が進むことで、この不思議なグループの進化・生態が明らかになっていくだろう。